「最近、母が家の中でつまずくようになった」
「父が一度転んでから、外出を怖がるようになった」
「転倒予防の運動を始めたいけど、何から手をつければいいか分からない」
高齢になるほど転倒リスクは上がります。骨折は介護の入り口になりやすい——わかっていても、何から始めればいいか迷う方は多いはずです。スクワットや片脚立ちの動画はたくさんあるけれど、本当にそれで足りるのでしょうか。
私は副院長の大村颯太です。京都オステオパシーセンターOQで、足部・歩行・下肢の問題を専門に診ています。今日は、転倒予防の主役を「筋力」から「感覚」に置き直す視点をお伝えします。
転倒の多くは「力」ではなく「感覚」の問題
転倒の瞬間を詳しく見ると、多くは筋力不足ではなく、足裏の感覚低下と反応の遅れで起きています。
加齢で足底の皮膚センサー(メカノレセプター)が鈍ると、床の傾きや段差、絨毯の縁のような微妙な変化を脳が把握するのが遅れます(Shaffer & Harrison, 2007)。結果、体勢を立て直す反射が間に合わず、バランスを崩した瞬間に支え切れない。
どんなに太ももの筋肉が強くても、足裏から正確な情報が届かなければ、筋肉に「いつ・どう動け」という指令が出せないのです。「筋力はある人」が転ぶのは、ここに理由があります。
「片脚立ち30秒」だけでは足りない理由
テレビや健康番組で「片脚立ち30秒」がよく紹介されます。これ自体は良い運動です。でも、転倒予防として本当に必要なのは、予測できない状況で体勢を立て直す力です。
日常の転倒は、じっと立っている時ではなく、歩いている時・振り向いた時・絨毯につまずいた時——つまり、想定外の瞬間に起きます。その場で足裏から情報を拾い、瞬時に反応する——これは静止した片脚立ちでは鍛えられない種類の能力です。
転倒予防の研究でも、動的バランス練習(dynamic balance training)を含むプログラムが、静的バランスのみより転倒率を下げることが示されています(Sherrington et al., 2019)。
足裏の感覚を取り戻す3つの入り口
感覚を取り戻すと言っても、難しいことではありません。次の3つから始められます。
- 触れる——お風呂上がりに足裏をマッサージする、ブラッシングする、テニスボールで踏む
- 使う——裸足で室内を歩く時間を1日5分つくる、5本指靴下を試す
- 感じる——歩く時に「踵が地面に当たった」「指が床に触れた」と意識する瞬間をつくる
どれも薬も道具も特別な運動も要りません。でも、毎日続けると、確実に足裏の感度は戻ってきます。神経は、何歳になっても再学習できます。
OQでのアプローチ
OQでは、転倒予防を「筋力強化」だけに任せません。
- 足部の可動性を整える——感覚が通る足にする土台
- 足裏への触覚刺激——手技・ブラッシング・ボール踏みなどで眠っているセンサーを起こす
- 動的バランス反応を引き出す動き——重心移動・反応練習
- 歩行中の姿勢の微修正——目線・体幹・足の運びを整える
- ご家族が自宅でできるケアの指導——日常で続けられるよう翻訳
筋トレは、感覚が戻ってから効果が出ます。順番が大事です。感覚なしの筋トレは、エンジンだけ強くしてハンドルが効かない車のようなもの。
ご家族にできること
ご両親の転倒が心配な方、以下を試してみてください。どれもすぐ始められます。
- お風呂上がりに足裏をマッサージ——3分でも効果あり、コミュニケーションにもなる
- 裸足で室内を歩く時間を1日5分つくる(滑りやすい床は要注意)
- 靴下は5本指、または脱いで過ごす——指が独立して動ける環境
- ゆっくり歩く時間を大切に——早歩きが正解ではない。一歩ずつ感じる
- 家の中の段差・滑りやすい場所をチェック——絨毯の縁、浴室、玄関の上がり框
これらは薬も道具もいらない、でも確実に感覚を取り戻す方法です。ご家族の関わりは、それ自体が予防でもあります。
よくあるご質問
Q1. 一度転んだ後、外を歩くのが怖くなった親をどう支えればいいですか?
転倒後の「転倒恐怖(fear of falling)」は、それ自体が次の転倒のリスク因子になることが知られています(Delbaere et al., 2010)。怖いから動かない → 動かないから筋力と感覚が落ちる → さらに転びやすくなる、という悪循環です。家の中でも歩く、付き添って外に出る、短時間でも体を動かす——「動き続ける」ことが大切です。怖さを認めた上で、安全な範囲で動く機会を作ってあげてください。
Q2. 杖や歩行器を使うと、かえって筋力が落ちませんか?
必要な状況で適切に使う分には、むしろ「動ける範囲を広げる」道具になります。杖がなければ外出できなかった人が、杖で外に出られれば、それ自体が運動になります。問題は、必要以上に依存して動かなくなること。専門家(理学療法士・作業療法士)に高さや使い方を見てもらい、徐々に使用場面を絞っていくのが理想です。
Q3. 親が「もう年だから運動は無理」と言って動こうとしません。
「運動」という言葉のハードルが高いことがあります。「マッサージを受けて」「散歩に付き合って」「孫と一緒にお風呂で足裏マッサージ」——本人が「運動」と思わない形で動きを増やすほうが続きます。本記事の「ご家族にできること」のリストは、ほぼ運動という意識なしで取り組めるものです。本人のペースを尊重しつつ、楽しさや人との関わりとセットにすると続きやすくなります。
Q4. 認知症がある場合、感覚を取り戻すアプローチは効きますか?
認知症があっても、触覚刺激や受動的な動きは入りやすいことが多いです。言葉での指示理解が難しくても、足裏マッサージや手を取って一緒に歩くことで、安心感と感覚刺激の両方を届けられます。介護施設や訪問リハビリと連携している場合は、ぜひ相談してみてください。OQでもご家族の同伴施術は対応しています。
最後に
椅子に座って、片足ずつ床にかかとを押し付けてみてください。足裏のどこに圧を感じるか、意識するだけで良いのです。「踵が冷たい」「左の土踏まずの感覚が鈍い」——こうした気づきが、脳と足をつなぎ直す第一歩です。
ご両親の転倒が心配な方、ご本人と一緒に来院される方も増えています。「年齢のせい」と諦める前に、できることはまだあります。お気軽にご相談ください。
参考文献
書籍
- Earls, J. Born to Walk: Myofascial Efficiency and the Body in Movement (2nd ed.). North Atlantic Books, 2020.
- Earls, J. Understanding the Human Foot: An Illustrated Guide to Form and Function for Practitioners. North Atlantic Books, 2021.
- Shumway-Cook, A., & Woollacott, M. H. Motor Control: Translating Research into Clinical Practice (5th ed.). Wolters Kluwer, 2017.
- Kelikian, A. S., & Sarrafian, S. K. Sarrafian’s Anatomy of the Foot and Ankle: Descriptive, Topographic, Functional (3rd ed.). Lippincott Williams & Wilkins, 2011.
- Tinetti, M. E. (2010). The patient who falls: it’s always a trade-off. JAMA, 303(3), 258–266.
研究論文・臨床ガイドライン
- Sherrington, C., Fairhall, N. J., Wallbank, G. K., et al. (2019). Exercise for preventing falls in older people living in the community. Cochrane Database of Systematic Reviews, (1), CD012424. https://doi.org/10.1002/14651858.CD012424.pub2
- Shaffer, S. W., & Harrison, A. L. (2007). Aging of the somatosensory system: a translational perspective. Physical Therapy, 87(2), 193–207. https://doi.org/10.2522/ptj.20060083
- Delbaere, K., Close, J. C., Brodaty, H., Sachdev, P., & Lord, S. R. (2010). Determinants of disparities between perceived and physiological risk of falling among elderly people: cohort study. BMJ, 341, c4165. https://doi.org/10.1136/bmj.c4165
- Menz, H. B., Morris, M. E., & Lord, S. R. (2006). Foot and ankle risk factors for falls in older people: a prospective study. The Journals of Gerontology Series A, 61(8), 866–870. https://doi.org/10.1093/gerona/61.8.866
- Robinovitch, S. N., Feldman, F., Yang, Y., et al. (2013). Video capture of the circumstances of falls in elderly people residing in long-term care. The Lancet, 381(9860), 47–54. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(12)61263-X
※ 本記事は一般向けの情報提供を目的としています。転倒の頻度が増えている方、めまい・失神・神経症状を伴う場合は、内科・神経内科・脳神経外科の受診を優先してください。
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執筆:大村颯太(京都オステオパシーセンターOQ 副院長・2階担当)
専門:脳卒中後の自費リハビリ/下肢症状(股関節・膝)/腰痛/歩行分析/インソール

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