脳卒中後の肩の続編——痛みが消えた後に起こる「使わなくなる腕」問題

脳卒中後の肩の痛みが、ようやく落ち着いてきた。
「これでやっと、リハビリが進む」と思った矢先——腕が思うように動かない。痛くないのに、動かない。

この「痛くないのに動かない」状態は、現場で本当に多く見ます。患者さんもご家族も、何が起こっているのか分からず戸惑う場面です。

こんにちは、副院長の大村颯太です。前回の記事では「脳卒中後の肩の痛みは亜脱臼だけが原因じゃない」というお話をしました。今回は続編として、痛みが落ち着いた後に立ちはだかる壁——「学習性不使用(learned non-use)」についてお伝えします。

目次

脳は「使わない腕」を忘れていく

脳卒中の発症直後は、麻痺と痛みで腕が動かせません。患者さんは無意識のうちに、健側(動く側)だけで生活する工夫を覚えていきます。食事も、着替えも、歯磨きも——すべて片手で。

するとどうなるか。痛みが落ち着いた頃には、麻痺側の腕を「存在しないもの」として扱う脳ができあがっているのです。これが「学習性不使用(learned non-use)」と呼ばれる現象です。

  • 神経的には、動ける可能性がまだ残っている
  • 筋肉も、完全には萎縮していない
  • しかし脳が「その腕の存在」を計算に入れなくなっている

この状態では、いくらストレッチや関節可動域訓練を続けても、日常生活で腕は動いてくれません。なぜなら、動かす指令そのものが脳から出にくくなっているからです。

なぜこれが問題なのか

使わない腕は、時間とともに次のような悪循環に入ります。

  1. 筋肉が縮んで、肩関節の可動域が狭まる
  2. 血流とリンパが落ち、冷えや浮腫が出る
  3. 肩甲骨の位置が崩れ、再び痛みが出やすい状態に戻る
  4. 痛みが戻ると、ますます動かせなくなる

つまり、「痛みが消えた時」こそ、次のケアの出発点なのです。「やっと痛みが取れた、もう大丈夫」と安心して時間を空けてしまうと、腕は静かに動かなくなっていきます。

痛みが取れた瞬間こそが、本来は「動かしていく時期」のスタートライン——この理解があるかないかで、その後の半年・1年が大きく変わります。

OQで行う3つのアプローチ

①脳に「腕がある」ことを思い出させる

徒手での上肢の反復運動や両手同時動作で、脳の運動野を再活性化する手がかりを作ります。

健側で動かすたびに、麻痺側も「いっしょに動く」ような意識を育てる。最初はわずかな筋活動しか出なくても、それを積み重ねることで脳のマップが書き換わっていきます。

②肩甲骨から「使える環境」を整える

肩そのものだけでなく、肩甲骨・鎖骨・胸郭の動きを手技で引き出します。腕は単独では動きません。土台になる肩甲骨が動かないと、その上の腕も動かしにくい。

逆に、肩甲骨まわりの動きが戻ってくると、それまで動かなかった腕がふっと動くことがあります。「自分の腕がここにある」という感覚そのものが、肩甲骨の動きから戻ってくることも多いです。

③生活の中に「1日5回」の使用機会を組み込む

病院や自費リハビリの時間だけで動かしても、それは1日のごく一部。残りの時間が「使わない時間」だと、効果はなかなか積み上がりません。

そこで提案しているのが、1日に5回、生活の中で麻痺側の腕を「ちょっとだけ」使う習慣です。

  • コップを麻痺側で支える(持ち上げなくてもいい)
  • ドアノブに麻痺側の手を添える
  • 洗濯物を麻痺側で押さえる
  • テーブルの上で麻痺側の指で紙を抑える
  • スマホを麻痺側に「置く場所」として使う

「完璧に使う」のではなく、「存在を思い出す」回数を増やす。これが脳への最高の刺激になります。1回5秒でいいんです。それを5回繰り返すだけで、脳の中で腕の「住所」が薄れていきにくくなります。

ご家族の役割——「待つ」が一番のサポート

意外なことに、ご家族が手伝いすぎると、学習性不使用は加速します。患者さんが何かをしようとした瞬間に「私がやるよ」と先回りしてしまうと、脳は「やっぱり使わなくていい」と学習してしまいます。

もちろん、危険な動作や、本人が大きく疲弊する動作は手伝うべきです。でもそれ以外は——

  • 少し待つ
  • 少しぎこちなくても、本人にやらせる
  • 失敗しても、見守る

これがご家族にできる、最大のリハビリ支援です。「優しさで先回りする」ことが、結果として腕を遠ざけてしまうことがある——この視点を持っていただくと、ご本人もご家族もずいぶん楽になります。

OQでは、ご家族同席で「どこまで任せて、どこから手を貸すか」の目安をお伝えする時間も取っています。

よくある質問

Q. 発症から1年以上経っています。今からでも変わりますか?

A. はい、回復速度は遅いですが、変わる方は多いです。「発症から半年で回復はほぼ止まる」という古い理解は、近年の神経科学で更新されています。脳の可塑性(書き換え能力)は何年経っても残っていることが分かってきました。学習性不使用が長く続いている方ほど、適切なアプローチで「眠っていた腕」が動き始めるケースがあります。

Q. 1日5回の使用、どれくらいで変化を感じますか?

A. 個人差はありますが、2〜4週間続けると「腕がそこにある」感覚の戻り方がはっきりしてきます。劇的な可動域変化より、まずは「忘れていない感じ」が戻ってくる、という変化です。そこから先、半年〜1年で動きの質が変わっていくことが多いです。

最後に

痛みが落ち着いたあとの「動かない腕」は、希望を失う場面ではなく、次の段階のスタートラインです。脳の可塑性は何年経っても残っていますし、生活の中の小さな使用機会を積み重ねるだけでも、確実に変化は起きます。

痛みが落ち着いた後こそ、次のステップが始まります。焦らず、ご家族と一緒に、できることから始めていきましょう。


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執筆:大村颯太(京都オステオパシーセンターOQ 副院長・2階担当)
専門:脳卒中後リハビリ/下肢症状(股関節・膝)/腰痛/歩行分析/インソール

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この記事を書いた人

大村颯太
・理学療法士
・健康科学修士
・発達ケア・アドバイザー上級

Sota Omura
・Physiotherapist
・Master of Health Science
・JEFPA Certified Foot Care Advisor
・Developmental Care Advisor

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