心臓病は、世界の死因の第1位です。
医療技術はどんどん進歩しているのに、心臓病の患者数は増え続けています。
なぜでしょうか。
進化医学の視点から見ると、「心臓病が増えた理由」の多くは、近代以降の環境の変化と、250万年かけて形成された私たちの生理機能のあいだにあるミスマッチで説明できます。
今回はスティーブン・ハッシー博士(カイロプラクター・1型糖尿病患者・34歳でSTEMI心臓発作を経験)の著書と、これまでのOQ進化医学シリーズの知見をもとに、心臓と進化の話を書いてみます。
心臓は250万年、何を燃料にしてきたのか
まず、心臓の「燃料」の話から始めます。
心臓は、体の中でもっともミトコンドリア(細胞の発電所)の密度が高い臓器です。一秒も休まず動き続けるために、常に大量のエネルギーを必要としています。
そして心臓がもっとも好む燃料は、脂肪酸とケトン体です。糖質(グルコース)ではありません。
これは偶然ではありません。人類の祖先が約250万年にわたって、肉・内臓・脂肪を中心とする食事をしてきたからです。その食事に合わせて、心臓の代謝システムも進化してきました。
ところが、農業革命(約1万年前)以降、人類の食事は急激に変わりました。小麦・米などの穀物が主食になり、加工炭水化物が日常に入ってきた。そして20世紀以降、加工食品・砂糖・植物油の消費が爆発的に増えました。
250万年分の進化が、たった1万年——さらには数十年——で別の燃料を押しつけられた。心臓にとってみれば、これはかなり大きな「ミスマッチ」です。
「心臓発作は血管が詰まるから起きる」は、本当か
現代医学の標準的な説明はこうです。「コレステロールが動脈に詰まって血流が止まり、心筋が壊死する」。
でも、イタリアの病理学者ジョルジオ・バロルディが行った305件の剖検(解剖)研究が、驚くべき結果を示しました。
心臓発作で亡くなった方のうち、血管の急性閉塞(血栓)が確認できたのはわずか15%。残り85%には、発作を説明できるような「詰まり」がなかったのです。
逆に、事故などで亡くなった健康な方の40%に「重度の血管狭窄」が見つかりました。でもその人たちは心臓発作を起こしていません。なぜか——体が「側副血行路」という天然の迂回路を発達させて、血流を補っていたからです。
つまり、「詰まり=心臓発作」という単純な図式は、少なくとも完全ではないようです。
心臓発作の「3つの不均衡」——進化医学的な解釈
ハッシー博士は、心臓発作を引き起こす本質的な問題として「3つの不均衡」を提唱しています。
①代謝の柔軟性の喪失——心臓が本来好む「脂肪・ケトン体燃焼」の能力が、現代食への依存で低下しています。インスリン抵抗性が進むと、心臓が糖質の燃焼に依存するようになり、効率が落ちます。
②酸化ストレスの過多——加工食品、植物油、環境毒素、精神的ストレスが重なると、体内の「サビ(フリーラジカル)」が抗酸化能力を超えます。これが血管内皮を傷め、一酸化窒素(NO)を枯渇させます。
③自律神経の不均衡——慢性的なストレスが交感神経(闘争・逃走)を過剰に活性化させ、副交感神経(休息・修復)の働きを抑えます。
この3つが重なったとき、心臓細胞内で「乳酸の嵐」が起きます。急激なストレスをトリガーに、心筋が嫌気性代謝(酸素なしのエネルギー産生)に強制シフトし、乳酸が蓄積して細胞内が酸性化します。カルシウムの結合が阻害され、心筋が正常に収縮できなくなる——これが「詰まりなき心臓発作」のメカニズムです。
人間だけが「思考でストレス反応を起こせる」種
神経内分泌学者ロバート・サポルスキーが指摘していることがあります。
野生のライオンに追われた動物は、逃げ切った後、数分でストレス反応が収まります。脅威が消えたからです。
でも人間は違います。私たちは「思考」だけでストレス反応を起動できます。住宅ローンの心配、来月の仕事の不安——実際の脅威が目の前になくても、自律神経は緊張し続けます。
これは進化医学的に非常に特殊な状況です。自律神経は「数分の急性危機」に対応するように設計されています。それが何ヶ月、何年もオンになり続ける——これは設計外の使い方です。
この「慢性ストレスの飽和」が、心臓に対して静かに、じわじわとダメージを与えていきます。これは「自律神経を整えるとはどういうことか」の記事でも詳しく書きました。
コレステロールは「悪玉」なのか
進化医学の視点から、コレステロールについても触れておきます。
コレステロールは私たちの体が作り出す物質で、細胞膜の構造維持、性ホルモンの原料、ビタミンDの合成、免疫系(細菌毒素の中和)など、生命維持に不可欠な役割を持っています。
「飽和脂肪酸とコレステロールが動脈を詰まらせる」という仮説——いわゆる「脂質仮説」——は1950年代に提唱されましたが、後に22カ国のデータのうち理論に合う6カ国だけを選んで分析したものだったことが明らかになっています。
動脈硬化(プラーク)の本質を、多くの研究者は今こう捉えています——傷ついた血管壁を修復しようとした体の反応。コレステロールは「犯人」ではなく、修復のために集まった「消防士」である、と。
血管壁を傷めているもの——高血糖、酸化した植物油、重金属、慢性的な炎症——こちらのほうが核心に近いと考えられています。
もちろんこれは複雑な問題で、医療的な判断は必ず専門家と相談してください。ただ、「コレステロール値を下げれば心臓が守られる」という単純な図式には、疑問の余地があることは知っておく価値があります。
自律神経と心臓——オステオパシー的な接点
オステオパシーの視点から、心臓の健康と関係深い構造的な要素があります。
横隔膜——心臓のすぐ下で絶えず動いている筋肉です。呼吸による横隔膜の動きは迷走神経(副交感神経)を刺激します。横隔膜が固くなっていると(多くの慢性ストレスを抱えた方に見られます)、迷走神経の働きが抑制されます。
胸郭・上部胸椎——心臓に関わる交感神経は胸椎1〜5番から出ています。この部位の動きが制限されていると、交感神経が過緊張し続けます。
心膜——心臓を包む膜は横隔膜の腱と直接つながっています。呼吸の動きが心臓にまで届くのはこのためです。この膜の緊張は、心臓の動きの自由度に関係します。
OQが「心臓を治療する」わけではありません。ただ、自律神経のバランスを整える、胸郭の動きを回復させる、横隔膜の緊張を解く——こういったアプローチが、心臓の環境を整える一助になる可能性はあります。
心臓を「守る」という視点で生活を見直す
進化医学が教えてくれることは、「なぜ心臓病が増えているか」の大きな地図です。
薬や手術が必要な段階では、現代医療に頼ることが不可欠です。OQはその代わりにはなれません。
ただ、予防の視点から見るとき——食事の質、ストレスとの付き合い方、自律神経のバランス、体の動きと呼吸——こういった日常の積み重ねが、250万年の設計と今の環境のギャップを少しでも埋めてくれます。
あなたの心臓は毎日7万回以上拍動し、一生涯あなたのために動き続けます。その心臓が好む燃料で生きる、慢性ストレスを溜めすぎない、体を動かす——それが、進化的に「正しい」心臓の守り方です。
📖 進化医学シリーズ——なぜこの症状が起きるのか、一覧はこちら
🔸 自律神経・ストレスについては 「自律神経を整えるとは、何を整えることか」 もどうぞ。