「十分寝たのに、朝起きたときにはもう疲れている」
40代女性の方がこうおっしゃったとき、私は瞬時に複数の可能性を考えました。不眠、更年期の自律神経失調症、そして——HPA軸の慢性活化。

HPA軸とは何か——「終わりのシグナル」が届かないと体はどうなるか
視床下部(H)–下垂体(P)–副腎(A)軸は、ストレス応答の中枢です。危機を感知した視床下部がコルチゾール分泌を促し、副腎からコルチゾールが分泌され、血糖・心拍・免疫系が緊急モードに入ります。そして危機が去れば「終わりのシグナル」でコルチゾールが低下し、迷走神経が回復モードを起動する——これが正常なサイクルです。
問題は、現代のストレス——仕事・人間関係・経済的不安——は「物理的に終わる」終わりのないストレスであることです。終わりのシグナルが届かないため、HPA軸が際限なく回り続けます。
慢性活化の3ステージ
慢性ストレスによるHPA軸の崩壊は3段階をたどることが知られています。
Phase 1(過活動期)——コルチゾールの持続的高値。過覚醒・不眠・消化器症状。「空回りしている」ような状態で、疲れているのに眠れない。
Phase 2(適応期)——HPA軸の感受性低下。「慣れた」ように見えるがアロスタティック負荷は蓄積し続ける。
Phase 3(疲弊期)——副腎のコルチゾール産生能が低下。慢性疲労・疼痛感受性亢進・感情の平坦化。
多くの方が相談に来るのは、Phase 2からPhase 3の間です。「以前は大丈夫だったのに」「最近限界を感じる」とおっしゃる方がよくあります。
📋 症例メモ(個人特定を避けた形で記載)
40代女性・更年期診断・慢性疲労+不眠+食後お腹張り
内科・婦人科で検査するも異常なし。ホルモン補充療法(HRT)は弊害があり使用不可。仕事はフリーランス。「朝起きられず、プロジェクトを引き受ける前にもう限界が来る感覚がある」との訴え。
評価では、横隔膜の可動性大幅低下、仙骨の可動性制限、頸部・頭蓋骨基部の緊張。食後の膨満感が6時間以上続く症状があり、迷走神経系トーンの低下が著明。
初回:横隔膜・仙骨・頭蓋底部へのアプローチ。「引き上げられた感じ」「呼吸が深くなった」とのフィードバック。
3回目:「朝起きるのが少し楽になった」。食後の腹部膨満感軽減。
5回目:「日中の疲れ感が半分くらいになった」。仕事の締切に間に合わせられるように。
※症例は複数の事例を組み合わせた内容です。特定の患者さんを示すものではありません。
「不確実性」が最大のストレス——de Berker実験が示すこと
神経科学者de Berkerら(2016年, Nature Communications)の実験は、ストレス応答の核心を鮮明に明らかにしました。電気ショックを受ける確率を0〜100%で変化させたところ、ストレス応答が最大になったのは確率50%の「どうなるかわからない」状態だったのです。
「今日調子がいいかわからない」「次の仕事があるかわからない」「体の具合がどうなるか不安」——慢性疲労の方が共通して持つこの「不確実性」自体が、HPA軸の慢性活化を維持する大きな要因になっているのです。
「体の構造」からアプローチする意味
HPA軸の慢性活化は、心理的なケアだけでは解決できません。横隔膜の動きが小さい状態は迷走神経のトーンを持続的に低下させます。仙骨の制限は、第10脳神経である迷走神経の出口が実質的に指令を送りづらくなる状態を作り、内臓の休息が減ります。頭蓋基部の緊張は脳脊髄液の流れの阻害となり認知機能自体を低下させます。オステオパシーはここに直接アプローチし、HPA軸の慢性活化を維持する構造的要因を取り除いていきます。
慢性疲労でお悩みの方は、慢性的なだるさ・疲労感の症状ページもご参照ください。
執筆:坂田雄亮(院長)
参考:de Berker et al. 『Nature Communications』 2016 / Cerritelli et al. 『JBMT』 2018
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