「退院した時に『よく歩けるようになりましたね』と言われ、リハビリを終了した」
「でも歩いていると、なんだか疲れやすい」
「最近、健側(麻痺していない方)の膝や腰が痛みはじめた」
脳卒中後の方から、こうした相談をいただくことがあります。退院後しばらく経ってから、「歩けることは歩ける、でも何か違和感がある」というご経験、ありませんか。
私は副院長の大村颯太です。京都オステオパシーセンターOQで、脳卒中後リハビリ・歩行分析・下肢の問題を専門に診ています。今日は、「歩けるようになったその先」にある歩行の質と、退院後も続ける価値のある自費リハビリについてお話しします。
「歩ける」と「うまく歩ける」は違う
急性期・回復期病院でのリハビリのゴールは、医学的には「自宅で安全に生活できる最低限の移動能力」を取り戻すことです。歩行補助具(杖・装具)を使ってでも自立して移動できれば、退院基準としては合格になります。
これは、限られた入院期間と医療リソースの中で達成すべき、現実的で大事な目標です。問題は、そこから先のステージが見落とされがちだということです。
「歩ける」を達成した後、本当に取り組むべきは——
- 歩行の対称性——左右で同じように体重を支えられるか
- 歩行の効率——同じ距離を歩いてどれくらいエネルギーを使うか
- 歩行のバリエーション——速度や路面変化に対応できるか
- 長距離歩行の耐久性——疲れずに長く歩けるか
- 転倒リスク管理——咄嗟のバランス調整ができるか
これらは「歩ける/歩けない」の二分法では測れない、「歩行の質」の問題です。
退院後の歩行で起きる3つのリスク
「歩ければよし」とせず、歩行の質を見直すべき理由は、長期的に体に起きる変化です。
① 健側への過剰な負荷
麻痺側に十分な荷重ができないと、その分の体重を健側(麻痺していない側)が肩代わりして支え続けることになります。歩く時間が長くなるほど、健側の膝・股関節・足首に余分な負担が積み重なります。
退院から数年後、「健側の膝が痛い」「健側の腰が辛い」と訴えて来られる方は、ほぼ例外なくこの非対称な荷重パターンが原因の一部になっています。脳卒中で麻痺した方を「片側の問題」と捉えがちですが、実際は「両側の体に影響が出る問題」なのです。
② 代償パターンの固定化
「とりあえず歩く」ために脳と体が編み出すのが代償パターンです。よく見られるのは、
- 分廻し歩行——麻痺側の脚を体の外側から弧を描いて振り出す
- 骨盤の挙上——麻痺側の足を地面から離すために骨盤を上に持ち上げる
- 体幹の側屈——麻痺側に体を倒すことでバランスを取る
- 突っ張り膝——麻痺側の膝を伸展ロックして体重を支える
これらは急性期では「歩くために必要な戦略」ですが、長期的に固定すると、後から変えるのが難しくなるのが厄介な点です。早めに「もう少し効率の良い動き」へと書き換えていくほど、変化が出やすいのが脳の可塑性の特徴です。
③ 転倒リスクの上昇
歩行の非対称性が強いと、平地ではなんとかなっても、段差・凹凸・人混み・急な方向転換での転倒リスクが上がります。脳卒中後の方の転倒は、健常な方よりも骨折リスクが高く、骨折は寝たきりへの大きな分岐点です。
退院後も歩行の質を磨き続けることは、長期的な自立生活を守るための投資でもあります。
脳の可塑性は退院後も続く
「もう退院から何年も経ったから、これ以上は変わらない」とおっしゃる方がいます。これは、少し前の医学の理解です。
近年の研究では、慢性期(発症から6ヶ月以上経過後)でも、適切な刺激と練習があれば脳は変化し続けることが繰り返し示されています。アメリカ理学療法学会の「慢性期歩行リハビリ臨床ガイドライン(Hornby et al. 2020)」でも、中〜高強度の課題特異的トレーニングが慢性期でも歩行能力を改善することが強く推奨されています。
「もう変わらない」のではなく、「変わるための適切な刺激が日常から減ってしまっている」——これが退院後の停滞の正体です。
OQでの脳卒中後の自費リハビリアプローチ
OQでは、急性期・回復期リハビリを終えた方の「歩行の質を高めるステージ」をサポートしています。
- 詳細な歩行分析——どの瞬間に何が起きているか、対称性・効率・代償パターンを観察
- 体全体の評価——麻痺側だけでなく、健側・体幹・足部の連鎖を診る
- オステオパシー手技——筋緊張・関節制限・神経系の過緊張を整える
- 必要に応じてインソール——足部からの感覚入力を整え、麻痺側への荷重を促す
- 課題特異的トレーニング——目標(旅行・買い物・趣味)に合わせた動作練習
大事なのは、「もっと遠くまで歩きたい」「孫と公園に行きたい」「もう一度旅行したい」という具体的な目標です。漠然とした「リハビリ」ではなく、その方の人生のゴールから逆算した自費リハビリ計画を一緒に作ります。
よくある質問(FAQ)
Q. 発症から何年経っていても効果はありますか?
A. はい。慢性期(発症6ヶ月以降)でも、適切な刺激と継続的なトレーニングで歩行能力が改善することが、複数の研究で示されています。10年・20年経っていても変化が出るケースはあります。「もう手遅れ」ということはありません。ただし、変化のスピードは急性期より緩やかになるので、根気強く取り組む必要があります。
Q. 装具(短下肢装具など)は外せますか?
A. ケースによります。麻痺の程度・体幹安定性・足部の状況などを総合的に評価して判断します。「装具を外す」をゴールにすると無理が生じることもあるので、まず「装具を着けた状態でより上手に歩く」段階を経た上で、装具卒業を検討します。装具に頼り続けるか、外すかはゼロイチではなく、室内・外出・長距離など場面ごとに使い分けるという中間案もあります。
Q. 病院でのリハビリと、こちらでの自費リハビリは何が違いますか?
A. 病院のリハビリは保険制度のもと「日常生活への復帰」が主目的で、期間と回数に制限があります。OQの自費リハビリは個別のゴール(仕事復帰・趣味再開・旅行)に合わせた継続的なサポートが中心です。また、オステオパシーや手技療法を組み合わせることで、病院のリハビリでは扱いにくい筋膜・関節・自律神経への働きかけも行います。両者を否定するものではなく、補完するイメージです。
Q. どれくらいの頻度で通えばいいですか?
A. 状況によりますが、初期は週1回からスタートして体の変化を見ながら間隔を調整していくのが一般的です。状態が安定してきたら2週に1回、1ヶ月に1回のメンテナンスペースに移行できます。何より大切なのは、来院時に学んだセルフケアを自宅で継続することです。施術と自宅練習の両輪で変化が積み上がります。
最後に
脳卒中で「歩けるようになった」のは、本当に大きな達成です。そこに至るまでには、想像を絶する努力があったはずです。
でも、歩けることはゴールではなく、新しいスタート地点でもあります。歩行の質を磨くことは、健側の体を守ること、転倒を防ぐこと、そして「もっとやりたいこと」に挑戦できる体を作ることにつながります。
「もう退院したから」「もう何年も経ったから」と諦める前に、もう一度ご自身の歩行を見直してみませんか。脳の可塑性は、思っているよりずっと長く、私たちに味方してくれます。
参考文献
本記事の脳卒中後の歩行リハビリ・神経可塑性・慢性期介入に関する内容は、以下の文献を参考にしています。
書籍
- Shumway-Cook, A., & Woollacott, M. H. Motor Control: Translating Research into Clinical Practice (5th ed.). Wolters Kluwer, 2017.
- Carr, J., & Shepherd, R. Neurological Rehabilitation: Optimizing Motor Performance (2nd ed.). Churchill Livingstone, 2010.
- Earls, J. Born to Walk: Myofascial Efficiency and the Body in Movement (2nd ed.). North Atlantic Books, 2020.
- Kapandji, A. I. The Physiology of the Joints, Volume 2: The Lower Limb (7th ed.). Handspring Publishing, 2019.
- Stokes, M., & Stack, E. Physical Management for Neurological Conditions (3rd ed.). Churchill Livingstone, 2011.
研究論文・臨床ガイドライン
- Hornby, T. G., Reisman, D. S., Ward, I. G., et al. (2020). Clinical Practice Guideline to Improve Locomotor Function Following Chronic Stroke, Incomplete Spinal Cord Injury, and Brain Injury. Journal of Neurologic Physical Therapy, 44(1), 49–100. https://doi.org/10.1097/NPT.0000000000000303
- Veerbeek, J. M., van Wegen, E., van Peppen, R., et al. (2014). What is the evidence for physical therapy poststroke? A systematic review and meta-analysis. PLoS ONE, 9(2), e87987. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0087987
- Mehrholz, J., Thomas, S., & Elsner, B. (2017). Treadmill training and body weight support for walking after stroke. Cochrane Database of Systematic Reviews, (8), CD002840. https://doi.org/10.1002/14651858.CD002840.pub4
- Pollock, A., Baer, G., Campbell, P., et al. (2014). Physical rehabilitation approaches for the recovery of function and mobility following stroke. Cochrane Database of Systematic Reviews, (4), CD001920. https://doi.org/10.1002/14651858.CD001920.pub3
- Belda-Lois, J. M., Mena-del Horno, S., Bermejo-Bosch, I., et al. (2011). Rehabilitation of gait after stroke: a review towards a top-down approach. Journal of NeuroEngineering and Rehabilitation, 8, 66. https://doi.org/10.1186/1743-0003-8-66
※ 本記事は一般向けの情報提供を目的としています。脳卒中後の症状や治療方針は個人差が大きいため、必ず主治医・担当療法士と連携の上で取り組んでください。
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執筆:大村颯太(京都オステオパシーセンターOQ 副院長・2階担当)
専門:脳卒中後の自費リハビリ/下肢症状(股関節・膝)/腰痛/歩行分析/インソール

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